大判例

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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)5761号 判決

原告

菊池旦

外三名

右訴訟代理人

伊達秋雄

外三四名

被告

右代表者

法務大臣

右指定代理人

緒賀恒雄

中島尚志

外一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し各金一〇〇万円および右金員に対する昭和五二年五月五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らに対する刑事訴追とその経緯

(一) 原告らは、全逓信労働組合が昭和三三年三月二〇日中央執行委員長の指令に基づいて各地の中央郵便局等を拠点として全国的規模で実施した時間内二時間喰込み職場集会に際して、名古屋中央郵便局において、その斗争指導にあたつたところ、要旨別紙(一)記載の公訴事実に基づいて郵便法第七九条第一項の罪の教唆、公務執行妨害罪及び建造物侵入罪に該当するものとして名古屋地方裁判所に起訴された。

(二) 右被告事件の第一審判決は昭和三九年二月二〇日宣告され、原告宇野、同杉田の公務執行妨害罪につき無罪、原告全員の郵便法第七九条第一項の罪の教唆については幇助の成立を認めて有罪、建造物侵入罪も有罪とされ、原告らはいずれも罰金一万円に処せられた。

(三) 右判決に対して、原告らは有罪判決の破棄を求め、検察官は無罪部分および郵便法第七九条第一項の罪の教唆の公訴事実に対して幇助を認定した点の破棄を求めてそれぞれ名古屋高等裁判所に控訴したところ、同裁判所は、昭和四四年一〇月二九日第一審判決の原告らに対する有罪部分を破棄して、郵便法第七九条第一項の罪の教唆および建造物侵人罪をいずれも無罪とし、検察官の控訴を棄却する判決を宣告した。

(四) しかし、検察官は、右判決を不服として最高裁判所に上告した。

事件の分配を受けた第三小法廷は、昭和四九年九月二五日に至り右事件を大法廷に回付した。大法廷は昭和五一年一一月二二日および二四日の口頭弁論を経て、昭和五二年五月四日判決を宣告し、控訴審判決中、郵便法第七九条第一項の罪の幇助、および建造物侵入に関する部分を破棄して、原告らの控訴を棄却した。その結果、郵便法第七九条第一項の罪の幇助および建造物侵入罪を有罪として原告らを罰金一万円に処した第一審判決が確定した。

2  公共労働者の労働基本権をめぐる最高裁判例と本件第二審判決

(一) 本件刑事事件の基本的な争点は、三公社五現業職員の争議行為を全面一律に禁止する公労法第一七条第一項は違憲であるかどうか、違憲でないとしても同法違反の争議行為に労働組合法第一条第二項の適用があるか否か、また、適用があるとして、いかなる場合に同条項にいう「正当な争議行為」にあたると解すべきかにあつた。

(二) 昭和三八年三月一五日最高裁第二小法廷は国鉄檜山丸事件および全逓島根郵便局事件の判決につき、公労法第一七条第一項違反の争議行為に労組法第一条第二項を適用する余地はない旨判示した。

(三) ところが昭和四一年一〇月二六日最高裁大法廷が言渡した全逓東京中央郵便局事件判決(以下、一〇・二六判決という。)においては、公労法第一七条第一項は合憲であるとしたが、「争議行為が労組法第一条第一項の目的を達成するためのものであり、かつ、単なる罷業または怠業の不作為が存在するにとどまり、暴力の行使その他の不当性を伴わない場合には刑事制裁の対象とはならないと解するのが相当である。それと同時に、争議行為が刑事制裁の対象とならないのは、右の限度においてであつて、もし争議行為が労組法一条一項の目的のためでなくして政治目的のために行なわれたような場合であるとか、暴力を伴う場合であるとか、社会の通念に照らして不当に長期に及ぶときのように国民生活に重大な障害をもたらす場合には、憲法二八条に保障された争議行為としての正当性の限界をこえるもので、刑事制裁を免れないといわなければならない。」と述べて、公労法第一七条第一項違反の争議行為についても労組法第一条第二項の適用がある旨判示した。

(四) 最高裁大法廷は、一〇・二六判決に引き続き、昭和四四年四月二日には、全司法仙台支部事件判決、および都教組事件判決(以下、四・二判決という。)において、公務員の争議行為を全面一律に禁止し、その違反をあおる等の行為をしたものに刑事制裁を科する国家公務員法および地方公務員法の各規定は「これらの規定が文字どおりにすべての国家(地方)公務員の一切の争議行為を禁止し、これらの争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為をすべて処罰する趣旨と解すべきものとすれば違憲の疑を免れない。」とし、同法の規定にいわゆる合憲的限定解釈を施し、刑事制裁の認められる場合を厳しく制限した。

(五) 本件刑事事件の控訴審判決は、右の一〇・二六判決を受け、さらに四・二判決の趣旨をふまえて、本件争議行為が、一〇・二六判決の示した争議行為が正当性を有する三条件を充足しているか否かを審究し、結局これを肯定して、第一審判決の有罪部分を破棄し、原告らを無罪としたのである。

3  本件第二審判決に対する検察官の上告理由

(一) 右控訴審判決に対する検察官の上告理由は、その昭和四五年二月九日付上告趣意書によると、要旨次のようなものであつた。

(1) 郵便法第七九条第一項の罪の幇助については、控訴審判決が争議行為の正当性を公訴事実記載の郵便物不取扱行為について論ずべきであるとしたのは、誤りである。一〇・二六判決の示した争議行為が正当性を有する三要件は争議行為全体を対象として論じていると解すべきであり、かく解すれば、本件争議行為は、国民生活に重大かつ深刻な障害をもたらすおそれのあつたものとして、また、暴力を伴つたものとして正当性の限界を超えるものというべきである。控訴審判決は前記大法廷判決に違反し、憲法第二八条の解釈を誤つたものである。

(2) 原告らの本件各局舎立入りはその目的、態様において違法不当であり、正当な労働基本権の行使にあたらないから、建造物侵入罪を構成することは明らかであり、控訴審判決は憲法第二八条の解釈を誤り、最高裁判所および高等裁判所の判例に違反したものである。

(3) 公務執行妨害罪の成立を否定した部分は、最高裁判例に違反する。

(二) すなわち、検察官の上告理由は、一〇・二六判決それ自体を批難攻撃し、その判例変更を求めたものではなく、控訴審判決は一〇・二六判決の理解を誤まつたものであり、これを正しく解釈適用するならば、本件争議行為はその正当性を否定さるべき場合にあたる旨を主張するものであつた。

(三) しかし、検察官の右上告理由は理由のないことが明らかであつた。なんとなれば、本件争議行為は、全逓信労働組合中央執行委員長の指令に基づいて、各地の中央郵便局を拠点として全国的規模において同一時間に実施した時間内二時間喰込み職場集会の一環としてなされたものであるところ、東京中央郵便局において実施されたそれについては、その指導にあたつたものが、本件と同様に郵便法第七九条第一項の罪の教唆として起訴されたが、このいわゆる「東京中央郵便局事件」については、前記のとおり一〇・二六判決によつて東京高等裁判所の有罪判決が破棄差戻となり、その差戻後の控訴審判決(東京高裁昭和四二年九月六日判決)はその争議行為は正当性を有していたものと判示して被告人らを無罪としたにもかかわらず、検察官はこれを上告することなく判決は確定をみていたからである。

また「暴力を伴う場合」であるか否かは、結局、控訴審判決の事実認定を争うものであつたから、それは適法な上告理由にあたらないものであつた。

さらに、建造物侵入罪についての上告理由は、結局は本件争議行為が正当性を有しないものであることを前提とするものであつたから、右と同様に上告は理由のないものであつたし、公務執行妨害罪についての上告理由も適法な上告理由たりうるものではなかつた。

(四) 弁護人は、検察官の右上告趣意書に対しておおむね前記のような反論を記載した答弁書を提出した。

4  第三小法廷における事件の取扱い

右に述べたとおり、検察官の上告理由は一〇・二六判決の変更を求めていなかつたのであるから、第三小法廷としては、同判決を前提として、その上告理由が認められるか否かを迅速に判断して判決を宣告すべきが当然であつた。

またかりに、上告理由のいかんにかかわらず、一〇・二六判決を変更すべしとの見解に立つものであつたのであれば、裁判所法第一〇条、最高裁判所裁判事務処理規則第九条第二項の規定に従い、直ちに事件を大法廷に回付してその判断に委ねるべきものであつた。

しかるに、第三小法廷は、昭和四九年九月二五日大法廷に回付するまで、右のいずれの措置をもとらず漫然と事件を放置した。

5  意図的な最高裁裁判官任命権の行使による判例変更

(一) 前記のとおり、最高裁大法廷が一〇・二六判決、さらには四・二判決によつて、官公労働者の争議行為を全面一律に禁止する法制について違憲の疑いがあるとして、禁止違反の争議行為に対する刑事制裁に消極的な見解を示したのであるから、最高裁判決の憲法判断を尊重すべき義務を負う内閣は、当然、すみやかに判決の趣旨にそつた法改正をはかるべきものであつた。しかし、内閣はかえつてこれに反撥して、法改正のための措置をとらなかつたばかりか、定年退官する最高裁裁判官の後任に官公労働者の争議行為の全面一律禁止法制について合憲の見解をとることが期待できるものを任命することによつて、右両判決の判例変更を企図した。

(二) 昭和四八年四月二五日最高裁大法廷が全農林警職法事件について言渡した判決は、八対七の僅少差をもつて四・二判決を変更し、非現業国家公務員の争議行為を禁止し、禁止された争議行為をあおる等の行為をしたものに対して刑事罰を科する国家公務員法の規定は、何らの限定解釈をほどこさずとも違憲ではないとの判断を示すに至つた。

右判例変更は、四・二判決多数意見の判例理論を理論的に克服することなく、同判決における少数意見が内閣による意図的な最高裁裁判官の任命権行使によつて多数派を構成するに至つたという単純な数量的変化に基づいてなされたため、「石田クーデター」(朝日新聞昭和四八年五月三日)と評され、その政治性が批判されるところとなつた。

(三) しかしながら、右判決は、非現業公務員の争議行為に関するものであり、禁止違反の争議行為に対する直接的処罰規定をもたない公労法違反の争議行為に労組法第一条第二項を適用することができるか否かという論点については直接判示したものとはいえなかつた。

(四) 第三小法廷は、かくして、大法廷が四・二判決を変更して、非現業公務員の争議行為の禁止と禁止された争議行為をあおる等する行為に対する刑事制裁を無限定的に合憲とする見解を示すのをまつて、ようやく、本件上告事件を大法廷に回付したのである。

(五) 本件刑事事件についての控訴審判決に対する検察官の上告理由はすでに述べたとおりであり、第三小法廷が自ら判決するにせよ、大法廷に回付するにせよ長期間の審理を必要とした事情は何ら見当らない。したがつて、第三小法廷が、すみやかに、右のいずれかの措置をとらなかつたのは、同法廷が内閣による最高裁裁判官の任命状況からして、いずれ大法廷が一〇・二六判決の判例変更を主張する裁判官によつて多数を占められることを期待ないし予測し、故意に大法廷回付を延引せしめようとしたからであることは明白である。

6  公平な裁判所の迅速な裁判を受ける権利の侵害

(一)(1) 憲法第三七条第一項は「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。」と定め、刑事被告人が迅速な裁判を受ける権利を保障している。

右条項は、単なるプログラム規定にとどまるものではなく、自力実効性をもつ規定であるから(最高裁大法廷昭和四七年一二月二〇日刑集二六巻一〇号六三一頁高田事件判決)、審理が不当に遅延したときは刑事被告人の迅速な裁判を受ける権利が侵害されたものといわなければならない。

すでに述べたとおり、本件刑事事件の上告審において、第三小法廷はすみやかに自ら判決するか事件を大法廷に回付すべきものであつたのに、五年近くもの間、何ら正当な理由なしに故意に審理を遅延せしめて、原告らの迅速な裁判を受ける権利を侵害した。

(2) また、憲法第三七条第一項は、刑事被告人が「公平な裁判所」の裁判を受ける権利をも保障する。「公平な裁判所」とは「構成其他において偏頗の惧なき裁判所」(最高裁大法廷昭和二三年五月五日判決刑集二巻五号四四七頁)をいうものと解されるが、「公平な裁判所」の裁判を受ける権利を保障する同条項の部分もまた、自力実効性をもつ規定と解すべきであるから、「構成其他において偏頗の惧れ」ある裁判所によつて裁判がなされたときは、公平な裁判所の裁判を受ける権利が侵害されたものといわなければならない。

しかるに、四・二判決以降、内閣は、定年退職する最高裁裁判官の後任に意図的に一〇・二六判決および四・二判決を変更して、官公労働者に対する全面一律の争議行為の禁止および禁止違反に対する刑事制裁を無限定に合憲とする見解をとることが期待できるものを最高裁裁判官に任命し、その結果、本件上告事件について審理がなされた当時において、大法廷を構成する裁判官の大部分を一〇・二六判決を変更すべしとの予断と信念を抱くものによつて占めさせたのであるから、大法廷はまさに「構成において偏頗の惧ある」裁判所であつたといわなければならない。すなわち、原告らは本件上告事件において「公平な裁判所」の裁判を受ける権利を侵害されたものといわなければならない。

(二) 以上に述べたとおり、原告らは本件刑事事件において公平な裁判所の迅速な裁判を受ける権利を侵害されたものであるが、もし迅速な裁判がなされたならば、一〇・二六判決の判例変更はなされず、したがつて、東京中央郵便局事件の場合と同様に原告らに対して無罪の判決がなされたであろうことは確実である。

しかるに、内閣による意図的な最高裁裁判官の任命権行使がなされ、一〇・二六判決を変更すべしとする見解に立つ裁判官が大法廷の大多数を占めるに至るまで第三小法廷が正当な理由なく事件の審理を故意に遷延せしめたことにより、原告らは有罪判決を受け、また、不当に長期間刑事被告人の地位に留められ、名誉を著しく毀損されるとともに、甚しい精神的苦痛を蒙らされた。

原告らの名誉の毀損及び精神的苦痛に対する慰謝料としては、原告それぞれに対して金一〇〇万円が相当である。

7  被告の責任

被告は、

(一) 国の公権力の行使に当る機関としての内閣若くは別紙(二)記載の内閣の構成員たる内閣総理大臣及び国務大臣が前記都教組事件の最高裁判決日(昭和四四年四月二日)以降、本件刑事事件判決日(昭和五二年五月四日)までの間に前記載の趣旨の任命行為を行つたこと、

(二) 国の公権力の行使に当る機関としての最高裁判所第三小法廷若くは別紙(三)記載の最高裁判所第三小法廷の構成員たる最高裁判所裁判官若くは天野武一最高裁判所裁判官が本件刑事事件の上告趣意書提出日(昭和四五年二月九日)から大法廷回付日(昭和四九年九月二五日)までの間に前記の遅延行為を行つたこと

について、原告の被つた損害を、国家賠償法第一条によつて賠償すべき義務を負う。

8  結論

よつて、原告らは被告に対し各金一〇〇万円及びこれに対する本件最高裁判決宣告の日の翌日である昭和五二年五月五日から右金員の完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否〈以下、省略〉

理由

一本件原告らの主張の要旨は、大別して、内閣若くはその構成員が恣意的に最高裁判所の裁判官の任命を行つたこと及び最高裁判所第三小法廷若くはその構成員が原告ら所論の違法な目的をもつて故意に事件を大法廷に回付するのを遅らせ、裁判を遅延させたことの二点である。

二内閣の任命行為の違法をいう点について

最高裁判所の長たる裁判官以外の裁判官の任命権は、憲法第七九条第一項によつて内閣に付託されていて、何人を最高裁判所の裁判官に任命するかは内閣の権限に属し、内閣は自らの判断と責任においてその権限を行使するものである。最高裁判所の裁判官の任命資格、任命の欠格事由については裁判所法四一条、四六条に定められているが、具体的なその任命行為は、学識、見識経験等を勘案してされる内閣の高度な裁量的判断事項であるといえる。従つて、このような裁判官の任命行為は、本質的に司法審査になじまないものと考えるのが相当である。

いうまでもなく最高裁判所の裁判官の任命について、内閣は自らの裁量的判断に基づいて任命行為を行うが、その結果については、国権の最高機関である国会ひいては国民に対して責任を負うものであり、また、最高裁判所の裁判官の任命行為については、特に憲法第七九条第二項は国民審査の制度を設け、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官が罷免されることになつている。従つて、最高裁判所の裁判官の任命行為については、右の国民審査あるいは国会を通じて内閣の責任を追及する建前が採られているものである。

以上のとおり、本訴の請求原因中、内閣の任命行為の違法をいう点については、原告らの請求は主張自体において失当である。

三第三小法廷における審理遷延の違法をいう点について

1  以下の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

本件原告らは、昭和三三年八月二〇日、別紙(一)記載の公訴事実につき、郵便法第七九条第一項の罪の教唆、公務執行妨害及び建造物侵入の各罪に該当するものとして名古屋地方裁判所に起訴された。同裁判所は、昭和三九年二月二〇日、原告宇野、同杉田の公務執行妨害罪につき無罪、原告全員の郵便法第七九条第一項の罪の教唆については幇助の成立を認めて有罪、建造物侵入罪については有罪との認定のもとに、原告らを各罰金一万円に処する旨の判決を言い渡した。右の第一審判決につき原告ら及び検察官の双方が控訴を申し立て、右控訴につき、名古屋高等裁判所は、昭和四四年一〇月二九日、第一審判決中原告らの有罪部分を破棄し、原告らはいずれも無罪として、検察官の控訴は棄却する旨の判決を言い渡した。右の第二審判決につき検察官が上告(昭和四五年二月九日上告趣意書提出)を申し立て、右上告事件は最高裁判所第三小法廷に係属したが、第三小法廷は、昭和四九年九月二五日同事件を大法廷に回付した。大法廷は、昭和五一年一一月二二日及び二四日の口頭弁論を経て、昭和五二年五月四日控訴審判決中、郵便法第七九条第一項の罪の幇助及び建造物侵入罪に関する部分を破棄して原告らの控訴を棄却する旨の判決を言い渡した(この結果、原告らを各罰金一万円に処する旨の第一審判決が確定した。)。

2  右の経過中、原告らが本件において違憲・違法を指摘するのは、検察官による上告申立もしくは上告趣意書提出時から大法廷回付までの約四年半ないし五年の期間についてであり、その主張の要旨は、第三小法廷の裁判官とりわけ天野武一裁判官が、原告所論の違法な目的をもつて判例変更を図るため故意に事件を遷延させ、大法廷に回付するのを遅らせたものであり、原告ら主張の「違法行為」は、要するに第三小法廷の審理の方法(進め方)ないし審理の内容を問題とするものに他ならない。

しかしながら、一般裁判の審理の方法については、当該事件の審理に当る裁判所あるいは裁判官の専権に属する事項であり、憲法及び法律に従いその独自の判断に基づいて決定される性格のものであり、またその合議体でする裁判の評議はこれを公行しないこととされているので(裁判所法第七五条)、審理の進行の適否については、原則として事後的にもせよ他からの批判を受けるものではないと言え、従つて当該審理の方法、内容の適否を審判するために審理を進めることは、裁判の独立性、合議の評議の秘密性の見地から相当ではないというべきである。もつとも、裁判の審理が右のような性質のものであるからといつて、あらゆる行為が違法の非難を免れるものではなく、審理の方法を外形的に見て(合議体の評議の内容を問題とするものでなく、審理の方法を外見的に捉えて)、憲法、訴訟法その他の法令に違反している場合はもちろん、公平・正義の理念に照し違反しているような場合には、審理の方法の適否について判断をなすべきものと解される(被告は、刑事の有罪判決の確定を前提としながら、国家賠償事件において、迅速な裁判を受ける権利を侵害されたこと、また公平な裁判所の裁判を受ける権利を侵害されたことを主張することは許されないと述べているが、刑事手続において迅速な裁判を受ける権利が侵害された場合に免訴の判決が言渡されることになつていること、また不公平な裁判がされないように忌避の制度が設けられていることと、当該刑事手続において裁判所の措つた審理中の行為が法令に適合しているかどうかとは全く別の問題であり、有罪判決が確定したからといつて裁判所の行為がすべて適法視されるものではないので、国家賠償事件においては有罪判決が確定していても当該刑事事件の審理の遅延等の違法を主張・審理することは許されるものと考える。)。

3  以上の観点から本件をみるに、本件刑事事件は、事案の内容としていわゆる官公労働者の労働争議権と刑事罰とに関する重大な問題を含む事案であるところ、右事件が最高裁判所に上告された当時の最高裁判所における同種の問題点を含む他の事件(以下「同種事件」という。)の係属・審理状況が別紙(四)記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、これによれば、第三小法廷において同種事件について大法廷に回付がなされないまま処理されたものもある(別紙(四)②③④⑦事件)が、一方そのころ、第一、第二小法廷からは他の同種事件(別紙(四)⑤⑧⑨⑩⑪事件)について大法廷に回付がなされ、大法廷において審理中のものも数件あり、従つて、その当時前掲の問題点について判例変更が検討され、その可能性が予想されえた時期であり、その後実際に判例が変更されているのである。

本件事件は、右のような状況の下で第三小法廷に最も遅い時期に係属した事件であり、しかもそのころは第三小法廷自体の構成員が頻繁に交替した時期である。

このような事情が認められるので、原告らが指摘するように、本件事件が直ちに第三小法廷において審理・判断されるべきものであつたということはできず、また検察官の上告趣意書提出後大法廷回付までに約四年半を費した点も、迅速な裁判が要請されている憲法のもとで審理が迅速でなかつたことはいなめないことではあるが、そうであるからといつて、前記の当時の状況、構成員の頻繁な交替及び事案の重大性、これに加えて証人山本博の証言により認められるように、原告らが第三小法廷に対して裁判の促進を求めるために特段の措置を講じていないこと等から見れば、右審理の遅延をもつてただちに違憲・違法なものということはできない。〈以下、省略〉

(山田二郎 久保内卓亜 内田龍)

別紙(四)

審理経過一覧表

事件名

(通称)

高裁判決

(年月日)

小法廷

大法廷回付

(年月日)

最高裁判決

(年月日)

横浜中郵

41.8.26

42.10.27

45.9.16

札幌市労連

42.4.27

第三

45.6.23

福岡教組

42.12.18

第三

46.3.23

佐賀教組

国労久留米

43.3.26

第二

45.7.24

48.4.25

和歌山教組

43.3.29

第一

45.7.16

金沢郵便局

43.4.11

第三

46.3.16

全農林長崎

43.4.18

第二

44.9.12

48.4.25

旭川学テ

43.6.26

第一

45.9.10

51.5.21

全農林警職法

43.9.30

45.10.8

48.4.25

岩手教組学テ

44.2.19

第二

44.12.12

51.5.21

名古屋中郵

44.10.29

第三

49.9.25

52.5.4

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